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「美人」の歴史



いつの時代でも「美人」と呼ばれる女性は、男性を魅了するだけでなく、女性からも羨望の的となってきました。また、美人たちが自らの美を保ち続ける術や、自らを美しく見せるための術は、多くの人の関心を集めます。ここでは「世界三大美人」と称される3人を中心に、美人の歴史について紹介します。

世界三大美人

世界三大美人

日本で世界三大美人と呼ばれるのは「クレオパトラ」「楊貴妃」「小野小町」の3人です。時代や国もそれぞれ異なる3人について紹介します。

クレオパトラ7世(紀元前69年~紀元前30年)

クレオパトラ7世(紀元前69年~紀元前30年)

クレオパトラ7世は古代エジプト時代に生きたとされる女性です。その美しい声は、「楽器のような」とも、「小鳥のさえずりのような」とも形容され、魅力的な話し方やそのたたずまいが男性を魅了したとされています。絶世の美女として世界的に知られていますが、「容貌は人目を引く程ではなかった」「顔立ちは平凡だった」という専門家の見解もあります。古代エジプトではすでにメイクの技術が発達していたことから、クレオパトラも好んでメイクを取り入れていたとも言われています。

楊貴妃(719年~756年)

楊貴妃(719年~756年)

中国の唐の時代に生きた皇妃です。玄宗皇帝の寵愛を一身に受けことをきっかけに「安史の乱」が起こってしまったとされることから「傾国の美女」とも言われています。当時の資料や歴史書などによると、身長は164センチ(もしくは155センチ)で体重は69キロ(もしくは60キロ)だったのではないかとされていることから、現代日本の基準に即して考えると、やせ体型ではなかったと言われています。音楽や舞踊の才能があり、ライチを好んで食べていたということでも知られています。

小野小町(9世紀頃、生没年不詳)

小野小町(9世紀頃、生没年不詳)

平安時代に活躍した女流歌人の一人です。古今和歌集などに歌が収められている他、小倉百人一首の一首「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」を詠んだことでも知られています。しかし、小野小町の出自や生没年については明らかになっていないため、そもそも存在した人物であったかどうかも定かでないという説もあります。ただし、小野小町が詠んだとされる歌は恋愛感情が情熱的に表現されており、当時の貴族で美男子としてもその名を馳せた在原業平らとも贈答歌(男女が思いを交わし合うために詠んだ和歌)を交わしていたと言われています。

その他の美人

その他の美人

長い歴史の中で美人と称された女性が何人もいます。ここでは「ヘレネ」と「お市の方」について紹介します。

ヘレネ

ヘレネ(英語ではヘレン)はギリシャ神話に登場する女性であり、ヨーロッパでは世界三大美人を「クレオパトラ・楊貴妃・ヘレネ」とすることが一般的です。ギリシャ中から多くの求婚者がヘレネのもとに集まるなど、ギリシャ伝説の中でも絶世の美女として語られています。また、キリストが磔になった十字架をヘレネが発見したとされる逸話も残っています。

お市の方(1547年頃~1583年)

戦国時代を生きた女性で、織田信長の妹であり、浅井長政と柴田勝家の妻であったことで知られています。もともと美男美女の家系でもあったという織田家の出身であると同時に、信長に「男だったら優れた武将になっていた」とも評される程の聡明さをかね備え、「戦国時代随一の美女」とも言われます。